2019年12月中旬、中国で「原因不明の肺炎」の発生報道——のちに世界中で大流行する新型コロナウイルス感染症です。
それからすぐに迎えた年末年始、日本ではまだそれほど警戒されておらず、多くの人はいつも通りの年明けを迎えていました。そんな中、既に動きはじめていたのが、第二種感染症指定医療機関である当院のICT(感染制御対策チーム)です。ICT所属で感染管理認定看護師の上野さんに、流行初期のことを中心にお話をお伺いしました。
ICTとは?
Infection Control Teamの略で、院内の感染対策を担うチームです。市民病院では医師、感染管理認定看護師、薬剤師、臨床検査技師、事務で構成され、それぞれの専門性を活かして活動しています。
発生当初、ICTと上野さんはどのように動いていたのでしょうか?
発生当初から報道は出ていましたし、感染症や感染管理を専門としているコミュニティー内でも年末には既に話題になっていました。中国ではSARSの流行という前例もありますし、日本とは距離が近いのでこれは来るかもな、と警戒して情報収集をしていました。年末年始はお休みでしたけど、その間もずっと情報収集ですね。
それから院内周知のためのメールを送ったのが2020年1月7日、日本第一例目の発生が報道される少し前です。この頃から情報収集と並行して具体的な対応について準備を始めていました。
まだ岡山県での発生報告は出ていませんでしたが、来る時に備えて毎晩夜遅くまでマニュアルを作ったり、病院だけでなく自治体や保健所からも引っ切り無しに電話がかかってきたりと、既にやるべきことは山積みで、この頃からしばらくは心休まる時がないという状態でした。
まだ身近なところに影響が出ていない段階で、準備を進めてこられたのですね。具体的にはどのようなことをされていたのでしょうか?
まずは手指衛生や換気といった基本的な感染症予防対策をベースに、新型コロナウイルス感染症の特性や状況を踏まえたマニュアルを作成し、職員に徹底させるための情報提供と教育に取り組みました。それから防護具を正しく着脱するための研修なども行いました。防護具とは専用のガウン、エプロン、マスク、手袋などですが、感染予防のためには決められた手順で正しく着脱できなければいけないので、対象者には個別で徹底的に指導しました。
3月になり、初めて新型コロナウイルス感染症の患者さんが市民病院に入院されました。
感染対策についてやるべきことは準備してきたので、それに関しては冷静に構えていました。
でも、いざ患者さんが来られて・・・肝心の「治療」ができないという現実に直面しました。治療薬がなく、治療方法がない。患者さんを救う手立てがないという状況に、看護師として喪失感、無力感を抱えながらも、切迫する課題にひとつひとつ対応していくという日々でした。
さらにこの頃、マスクや防護服といった資材が不足するという局面がありました。あれは本当に困りました。
何とか手に入れたマスクも、届いてみるとペラペラで使い物にならなかったり・・・。
だからと言って粗悪品で代用する訳にはいかないので、必要となる全ての資材の箱を開けて品質チェックをして、感染予防と資材節約のバランスを取りながら何とか乗り切ったという感じです。
治療薬も資材もないという状況に加えて、知識や情報のなさに不安を抱えていた方も多かったですが、その点はどのように対応されたのでしょうか?
ICTには看護師だけでなく多職種のメンバーが関わっています。感染症の専門知識を持った医師を中心に、院内外に向けて専門的知見を踏まえた情報発信を行いました。また、初期から多くの患者さんを受け入れている病院として行政や他の医療機関にも情報を提供し、地域全体の感染管理の一助となれるよう努めました。
現場の職員も最初は不安で大変だったと思いますが、市民病院はもともと災害拠点病院、そして第二種感染症指定病院として感染症を診る責任のある医療機関です。職員もそれがわかっているので、不安にとらわれず、最初から「自分たちがしなくてはならない」という認識を持って動いてくれました。そのことにとても救われました。
記憶にある方もいらっしゃると思いますが、市民病院は、移転前の2013年にバンコマイシン耐性腸球菌(VRE)の院内感染を起こしています。私はその直後に入職して環境整備やスタッフ教育を行ってきましたが、正直とても大変でした。このコロナ禍ももちろん大変ですが、現在の市民病院には、VREの失敗に学び積み重ねてきた土壌があることは大きな違いです。
新型コロナウイルス感染症の流行は、他の感染症対策にどう影響すると思われますか?
新型コロナウイルス感染症の流行は、私たちの感染対策において転機となりました。今後は何につけても「コロナを前提に」という対応が必要になってくると思います。医療現場でのフェイスシールドも標準になるのではないでしょうか。
それから、手洗いや換気といった基本的な感染症予防対策の大切さをみんなが知るところになったというのは大きいですね。
今後の展望を教えてください。
看護師全体の感染対策レベルをもう一歩引き上げる仕組みづくり、それから後任育成です。
院内の教育も大切ですが、自治体病院としては地域全体の感染症管理も担っていますから、県内全体で感染症管理認定看護師を増やさなくてはいけないと思っています。
今は認定看護師は規模の大きな病院に集中しているのが実情で、小さな病院や高齢者施設にはほとんどいなくてみんな困っています。理想としてはすべての施設に1人はいるというのがベストですね。
市民の方にメッセージをお願いします。
第二種感染症指定病院として、今後も一生懸命取り組んでいきます。みなさん引き続き、基本的な感染症予防対策をよろしくお願いします。
お話をお伺いしたのは・・・
岡山市立市民病院 院内感染防止対策室 ICT(感染制御対策チーム) 上野 優子(うえの ゆうこ)